弦楽器工房こばやし

小田原の弦楽器工房こばやしのブログです。仕事をしていて感じたあれこれを週一くらいで徒然と書いていきます。

プレス楽器ってなに?

こんばんは、弦楽器工房こばやしです。

ここ数日、洗足学園にトマスティーク社の弦のテスティングイベントに応援として行っていました。勉強になり、自分としても思うことがあったので後ほど記事にしたいと思っています。

さて、今回はプレス楽器の話です。

私は基本的に楽器の修理(と製造)を生業としているので、ご依頼頂いた楽器の修理をお断りすることはほとんどありません。

ほとんど、ということは稀にあるということでもあります。(提示した価格がご意向に沿わず、お客様の方から取り下げられてしまうことは割とありますが…^^;)

その数少ない、「修理をお断りすることのある楽器」がプレス楽器です。

バイオリン属の楽器は、表板、裏板ともにゆるかな隆起があります。

この隆起はモデルや、楽器の種類によって無数のバリエーションがあり、どれが一番良い隆起か、ということは一概には言えません。

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これは私がよくお仕事をいただく(株)アルシェさんで撮った材料の写真です。

表・裏ともにこういう三角柱の二つ割りしてある状態で入荷され、それを接ぎ合わせ、削り出してあの隆起を作っています。

当然ですが、削ってしまった部分は単なる木くずとなります。重量比で言えば、80%以上が木くずになってしまう、なんとも贅沢な使い方をしているのです。

ですが、この形状の差がバイオリンの音量、音色に多大な影響を与えることを考えると、これを避けて通ることはできません。

20年以上前のことですが、はじめてバイオリンの隆起を削るのを見たときには、あまりの勢いで削るので、木が全部削れて無くなってしまうのではないかと心配になりました(笑)。

そういった、贅沢な使い方の合わない大量生産の楽器において、この工程をなんとか簡単に、コストを下げて作りたいという考え方が出てくるのは、ある意味当然と言えます。

そこで出てくるのが表題の、プレス楽器です。

板を削り出すのではなく、薄い板をプレス機にかけて、隆起の形を曲げて作るというものです。

バイオリン属の制作時間の大半を占める隆起切削の作業を、簡単にしようというこの作り方はある意味とても理にかなっています。

おそらくかかる時間は1/100以下になるのではないでしょうか…。使用する材料も、無駄になる部分が大幅に無くなります。

ネット販売されているセットで1〜2万円の楽器はまず間違いなくプレス楽器と言っていいと思います。普通に隆起の切削をしていたらあの価格にはなりえません。

もちろん、プレス楽器にも欠点はあります。

それは寿命が著しく短いことです。

諸説ありますが、有名なオールド楽器であるストラディバリウスやガルネリウスは300年以上を経た今現在が、最高のパフォーマンスを発揮できているという話もあります。

木材は年月を経ると音響特性が上がっていきます。それがしっかり作られた楽器ならば、少なくとも向こう300年くらいは性能が上がり続けるということです。

この木材の特性がプレス楽器には残念ながら生かされなくなってしまいます。

それは、木材のもう一つの性質でもある復元性によるものです。曲げられた木は温度や湿度の影響で、元の真っ直ぐな板に戻ろうとします。

バイオリンの隆起で言うと、膨らみが無くなる方向に沈んでいきます(全部戻るわけではありませんが…)。

先程も書いたように、弦楽器の隆起はその音響特性に密接に結びついていますから、命とも言える隆起が、年月と共に変わっていってしまうということは文字通り、致命的な問題です。

隆起が変わるということは、中に立っている魂柱も時間とともに合わなくなるということで、これまた音に良くありません。

そして、ようやく書き出しのころの話に戻りますが、10年〜20年以上経って鳴らなくなったようなプレス楽器が、タイミング的に修理に持ち込まれることが多いのです。

大体の場合プレス楽器は、その作りの都合上、あまり良い材を使っていません。

ネックは反り曲がり、F孔の端は浮き上がり、覗いてみると魂柱と板には隙間が開いている…。このような状態になったら、そのプレス楽器は役目を果たしたと考えるべきです。

そこにお金をかけて修理は可能ですが、それをしたところで最初の頃の状態に戻ることはありません。そもそも、修理代が楽器の値段を上回ることの方が多いのです。

説明させていただいた上でお断りすることになることもあります…心苦しいですけどね。

初心者向けの導入として使う分には、プレス楽器は選択肢の一つになるかもしれません。

ですが、残念ながら長い時を共にするパートナーとしては適しているとは言えないと思います。

安いから、とお買い求めになる前に一度お考えいただきたいと思います。メリットとデメリットが、必ずありますからね。その上でプレス楽器を選ばれるのであれば、それはそれで正しい選択と思います。

少し、今回は厳しい話になってしまいました。

そして文が長い…。

お付き合いいただきありがとうございました。

 

弦楽器工房こばやしは小田原の栢山から、弦楽器の出張修理を承っております。

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